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札幌高等裁判所函館支部 昭和37年(う)28号 判決

被告人 吉崎司 外一七名

主文

一、原判決中被告人吉崎司、同伊山勝春、同幸崎幸一郎、同下山実、同大日向道彦、同桶田貞之助、同中村純三に関する部分を破棄する。

二、被告人吉崎司を罰金四〇、〇〇〇円に、

同 伊山勝春を罰金三〇、〇〇〇円に、

同 幸崎幸一郎を罰金三〇、〇〇〇円に、

同 下山実を罰金一五、〇〇〇円に、

同 大日向道彦を罰金一〇、〇〇〇円に、

同 中村純三を罰金四〇、〇〇〇円に処する。

右被告人らが右罰金を完納することができないときは、金二五〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

右被告人らに対し、公職選挙法第二五二条第一項所定の選挙権および被選挙権を有しない期間をそれぞれ二年に短縮する。

三、被告人荒木五郎、同笹本英雄、同関根昭太郎、同佐藤誠二、同藤浪宏、同橘一男、同浅野巌、同山田静男、同秋田秋男、同佐野泰輔、同遠山幸太郎の本件各控訴を棄却する。

四、訴訟費用中、原審証人安野大英、同瀬尾忠博、同中村勝正、同田村輝顕、同米田勲、同戸崎繁に支給した分の一八分の六は、被告人吉崎司、同伊山勝春、同幸崎幸一郎、同下山実、同大日向道彦、同中村純三ら六名の平等負担、原審証人竹内千太郎、同今村敏郎、同橘一男に支給した分は、被告人吉崎司の単独負担、原審証人三田信治、同有馬定雄、同千葉理に支給した分は、被告人吉崎司、同伊山勝春、同幸崎幸一郎、同下山実、同大日向道彦、同中村純三の連帯負担、原審証人岡島繁太郎に支給した分は、被告人中村純三の単独負担、当審証人安野大英、同曽我祐次、同奥野一雄、同大内基、同小田新一、同鴻上寛、同井浦浩一、同菅原光弘、同西野一磨、同伊藤仁郎、同足立文一に支給した分の一八分の一七は、被告人桶田貞之助を除くその余の被告人ら一七名の平等負担、当審国選弁護人橋本清次郎に支給した分の五分の四は、被告人橘一男、同浅野巌、同遠山幸太郎、同中村純三の連帯負担とする。

五、被告人桶田貞之助は無罪。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人らの弁護人橋本清次郎提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する検察官の答弁は、検察官稲垣久一郎提出の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

右控訴趣意に対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(全被告人関係)

右控訴趣意第一点(法令適用の誤り)について。

まず所論は、公職選挙法第二〇一条の一三は、政治活動自由の原則に則り、政党その他の政治団体の機関紙誌につき同法第一四八条第三項の制限を緩和拡張する趣旨の規定であつて、同法第一四八条第三項の要件を具備する機関紙誌については同法第二〇一条の一三を適用する余地はないと解すべきであり、もしこれを反対に解して政党その他の政治団体の機関紙誌については同法第一四八条第三項の要件を具備すると否とにかかわらず同法第二〇一条の一三のみが適用されるとするときは、社会の公器ともいうべき新聞紙に加えた同法第一四八条の制限をさらに不当に狭ばめることとなつて表現の自由を保障する憲法第二一条に違反することとなると主張する。

しかしながら、公職選挙法第二〇一条の一三は、原判決も判示するとおり政党その他の政治団体の発行する機関紙誌については、同条所定の特定の選挙の期日の公示または告示の日からその選挙の当日までの間にかぎり、同法第一四八条第三項の要件を具備すると否とにかかわりなく原則として選挙に関する報道および評論を掲載することを禁じ、ただ同法第二〇一条の一三第一項の要件を具備する機関紙誌のみが選挙に関する報道および評論を掲載することができる旨の規定と解すべきであつて、このことは「第一四八条第三項の規定を適用せず」と明示している右第二〇一条の一三第一項の文理上明白である。

そこで公職選挙法が右の如き第二〇一条の一三を設けた趣旨を考究してみるのに、そもそも政党は、選挙において勝利を得多数党として政権を獲得して自己の政治上の主義主張の実現を図ることを目的とする人的集団であるから、政党が選挙において所属候補者の当選を図るために行う活動は、政党本来の目的実現のための最も重要な活動であるといわねばならないし、いわゆる議会民主主義の下にあつては政党政治の発展を期するため政党がこれらの活動を行うことは、本来自由であるべきものである。しかしながら各種の選挙に際し政党による政治活動を放任するときは、個人の選挙運動に対し極めて厳格な規制を加え、もつて選挙の自由と公正を確保せんとしている公職選挙法の精神に背馳するのみならず、不公平のそしりを受けることともなる。その上政党の政治活動は概念上は選挙運動と区別され得るにしても実質的にはこれと極めて紛らわしく区別し難い性格を有するので、選挙の自由と公正を確保するためには、本来自由であるべき政党の政治活動をも規制する必要がある。のみならず他面においては、公職選挙法は選挙運動そのものは候補者個人を中心として行われるものとする建前をとり、政党がいわゆる第三者運動として選挙運動に介入する余地が限局されているので、一定の限度においては政党の活動を保護することも必要となる。以上のことは政党と性格を同じくする政党以外の政治団体についても、もとより妥当とするところである。そこで公職選挙法は第一四章の三において特定の重要な選挙の際における政党その他の政治団体の政治活動に対する規制の規定を設け、一面においてはその政治活動を制限すると共に他面においてはこれを保護することによつて、選挙の自由公正と政治活動の自由という相反する要請を合理的に調和せしめようとした。同法第二〇一条の一三はその一環として政党その他の政治団体の政治活動中機関紙誌によるそれを規制しようとするものにほかならない。同条が選挙に関する報道評論を掲載し得る機関紙誌として、政党その他の政治団体の本部において直接発行し、通常の方法により頒布され、自治大臣等に届け出たものであることを要件としていることは、機関紙誌につき一般の新聞雑誌以上の制限を加えたかの如くであるが、他面機関紙誌については一般の新聞雑誌に要求される、選挙の期日の公示又は告示の日前一年以来引き続き発行していたことを必要としない等の点においては制限を緩和しており、これらは前記の趣旨の発現にほかならない。そして右程度の規制は、選挙の自由公正と政治活動の自由という二つの要請の調和を図らんとする目的を達成するにつきやむを得ぬ規制というべく、従つて同条は政党等の機関紙誌につき公共の福祉上やむを得ぬ限度において規制を加えたものにして、なんら憲法第二一条に違反するものではない。弁護人の主張は採用し難い。

次に所論は、本件印刷物は日本社会党の本部によつて直接発行され通常の方法によつて頒布された同党の機関紙であつて、公職選挙法第二〇一条の一三の要件を具備する合法的機関紙であると主張する。

よつて検討するのに、原判決挙示の証拠によると次の事実が認められる。日本社会党本部の選挙対策本部においては本件総選挙に当り同党中央機関紙部と協議し、同党中央委員会の承認を得た上、予算一五〇万円をもつて二回にわたり選挙特集号として同党の機関新聞紙である社会新報の臨時増刊号を、同年五月六日付のものは第二七四号、同月一六日付のものは第二七六号として発行すること、およびこれを各地の実情に即したものとするため、その編集、印刷、発行、頒布を各都道府県連(支部連合会の意。以下同じ)またはそのさん下の各地支部に一任することを決定し、同年四月二〇日頃選挙対策委員長および機関紙部長連名の通達をもつて各都道府県連あてに、右の趣旨および新聞の規格は大版、タブロイド版またはB五版とすること、編集に当つては本部から送付してある資料を参考にすること、発行後はその都度一〇部を中央本部へ送付すること等を指示し、かつ、これをさん下各支部に伝達するように指示すると共に、別に同月二六日頃選挙対策委員長名の通達をもつて各都道府県連および同党公認の全国各候補者あてに、右社会新報を十分に利用するように指示した。右通達を受けた道連選対本部(選挙対策本部の意。以下同じ)では、直ちにその趣旨を第三区選対本部に伝達したが、第三区選対本部においては、右通達を実施するに当り諸般の事情にかんがみ編集、印刷、発行、頒布を舘、曽田両派の各選挙事務所に一任することとし、ただ日本社会党の主義、政策に反するような記事や、自派候補者の当選を望む余り他派候補者を中傷し同志打ちとなるような記事が掲載されることを避けるため、原稿は印刷前にあらかじめ右選対本部に提出させその承認を得させることとした。この方針が舘、曽田両選挙事務所に伝達された結果、舘派においては被告人荒木が自ら原稿を書き第三区選対本部事務局長被告人吉崎の事前閲覧を経た上、協和印刷所に注文して印刷をさせ、曽田派においては被告人伊山が被告人中村に依頼して原稿を書かせ、被告人吉崎の事前検閲は経なかつたがその了承を得た上、被告人幸崎を介して右協和印刷所に注文して印刷をさせた。その後右印刷物は第三区選対本部を介し一〇部ずつ日本社会党本部に送られた。

右の事実が認められる。そして公職選挙法第二〇一条の一三にいわゆる「本部において直接発行した機関新聞紙」であるとするためには、本部自らがその編集発行をなしたか、少くともこれと同一視できる程度に編集発行に関与したことを必要とし、表面的にはどうであれ、実質において支部等において編集発行したものはこれに含まれないと解すべきであるところ、本件社会新報については、右認定のとおり日本社会党本部は道連を介し第三区選対本部に編集等を一任し、後日その提出を受けたのみで事前に記事の内容を検討することすらしなかつたのであるから、本件社会新報が同党の機関新聞紙である社会新報と同一の題号を用い、編集発行人として本部の責任者の氏名を記載し、かつ従来発行にかかる社会新報と一連の番号を用いていて、表面上本部の直接発行にかかるものの如き体裁を示していること、およびその発行が同党本部の通達に基づくものであることを考慮に入れても、本件社会新報が同党の機関新聞紙であると認定することはとも角、同党本部が直接発行したものとすることは到底できないと解する。当審証人西野一磨の証言および押収にかかる昭和三八年一月一五日付自由民主(北海道版)一部(当庁昭和三七年押第一一号の二二)によれば、自由民主党においても道連が本部の機関新聞紙自由民主と同一題号、同一号数、同一日付の自由民主(北海道版)を本部発行名義で編集発行することがあり、かかる場合の自由民主が郵政当局から、党本部で認可を得ている第三種郵便物として取り扱われている事実が認められ、また当審証人大内基の証言および押収にかかる昭和三七年一〇月二日付北海道新聞朝刊四部(当庁昭和三七年押第一一号証の七ないし一〇)によれば、北海道新聞社では、札幌本社、函館支社、旭川支社、釧路支社においてそれぞれ同一号数の北海道新聞を編集発行しており、これらがすべて昭和一七年一〇月二九日認可の第三種郵便物として取り扱われている事実が認められるが、当審証人足立文一の証言に徴すれば、第三種郵便物に関する以上の如き取扱いには疑義があるのみならず、一の認可にかかる第三種郵便物として実際上取り扱われているか否かは、公職選挙法第二〇一条の一三にいわゆる「本部において直接発行した」ものか否かの判断を直接左右し得るものでないこと勿論である(なお、前記昭和三七年押第一一号の七ないし一〇によれば、北海道新聞社では現実に編集発行する札幌本社および函館以下三ヶ所の支社をそれぞれの発行所としているのであつて、すべてを札幌本社の発行にかかるものとはしていないことが認められる)から、これらの事実はなんら前記認定の妨げとなるものではない。

次に公職選挙法第二〇一条の一三にいわゆる「通常の方法」とは、原判決も判示するとおり、頒布の主体、手段、対象、部数、回数、対価等からみて、従来から行つてきた方法または慣例とされている方法を指称するものと解すべきところ、原判決挙示の証拠によれば、日本社会党の機関新聞紙社会新報の北海道における当時の頒布方法は、通常月三回、一回分として三、〇〇〇部ないし五、〇〇〇部位が中央機関紙部から道連あてに一括郵送され、道連においてその大部分を道内の各党員に、一部を道内の支持者、支持団体等に直接郵送しており、本来有料であるが、党員については党費の中でまかなう形をとつているため機関紙代としては別に徴収することはせず、また党と協力関係にある労農団体については機関紙を相互に交換し合う関係上機関紙代を徴収することはなかつたにすぎないものであるのに対し、本件社会新報は、北海道の一部を占めるにすぎない第三区選対本部の管轄区域内のみに頒布するのに合計約四〇、〇〇〇部に達する膨大な部数を、多数人に頒布する目的で作成し、これらを無料で、各労働組合事務所に持参または送付して組合員に配布せしめ、会社の正門や裏門において出勤途上の従業員に配布し、近隣の住民に戸毎に配布し、街頭で通行人に配布した事実が認められるのであるから、かかる手段方法等による頒布は、到底通常の方法による頒布とはいい得ない。もつとも、日本社会党ではいわゆる単独講和反対運動、教育二法反対運動、警職法反対運動等の際、前記通常の部数を遙かに越える膨大な数の社会新報を街頭で通行人に頒布した事実が認められるが、かかる頒布方法はまさしく通常の方法によらない例外的な頒布方法であるというべきであつて、かかる事例の存することをもつて、本件社会新報の頒布が通常の方法による頒布であるということはできない。

それゆえ、本件社会新報を本部において直接発行し、通常の方法によつて頒布されたものとする弁護人の主張は、採用できない。

されば原判決には所論の如き法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

右控訴趣意第二点(事実誤認)について。

所論は要するに、原判決は被告人ら中本件社会新報の編集、発行に関与した者以外の者について、通常の頒布方法によらないことを確定的にもしくは未必的に認識しながら本件社会新報を頒布したから犯意があると認定しているが、右被告人らは、いずれも労働組合員であつて社会党函館支部もしくは所属労働組合本部から配布されてきたものを従来の慣例に従い各支持団体に配布したにすぎないから犯意はなく、特に被告人笹本英雄、同佐藤誠二は警察官の許可を得て配布したから犯意は認められないというのである。

しかしながら先に認定したとおり、本件社会新報の頒布は通常の方法によらない頒布であるところ、原判決挙示の証拠によれば、右被告人らは版の大きさ、部数、内容、配布の経路等に徴し通常の頒布方法によらない頒布方法であることを確定的もしくは未必的に認識しながら、あえて本件社会新報を頒布したものと認定することができる。なお被告人笹本英雄については、同人が所論の如く警察官の許可を受けて頒布したことを認め得べき証拠は、同被告人の当審公判廷における供述以外にはなく、しかも右供述は、同被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書にこの点につきなんら述べるところがない等の点に徴し、にわかに措信し難いところである。次に被告人佐藤誠二については、同被告人の検察官に対する昭和三三年八月三日付供述調書、原審および当審公判廷における供述によれば、同被告人は本件社会新報の配布に先立ち木古内警察署の臼沢巡査にその是非を尋ねたところ、同巡査は組合員にのみ配付するのなら差支えないと受け取れるような返答をした事実が認められるが、右供述調書によれば、同巡査が自信のなさそうな態度だつたので被告人自身疑いを晴らすに至らなかつた事実も認められるので、同被告人が違法の認識を有しなかつたとは認め難い。されば原判決には所論の如き事実誤認はなく、論旨は理由がない。

(被告人吉崎司関係)

右控訴趣意第三点(事実誤認および理由不備)について。

まず所論は、原判決は判示第一につき被告人吉崎が被告人荒木と共謀した旨認定したが、被告人吉崎は第三区選対本部の事務局長として中立的立場にある上、選挙秘策の関係上舘、曽田両選対より閉め出されているのであるから、かかる被告人が舘派の被告人荒木と共謀する筈はなく、原判決は事実を誤認しているし、原判決挙示の証拠によつては到底共謀の事実を認定し得ないから、原判決には理由不備の違法があると主張する。

よつて検討するのに、被告人吉崎の原審第六、第七回公判廷における供述、被告人荒木の原審第七回公判廷における供述および原判決挙示の被告人吉崎の検察官に対する各供述調書を総合すれば、被告人吉崎は第三区選対本部の事務局長であつて、同被告人が道連を介し社会党本部の選対本部、機関紙部から受けた通達によれば、本件社会新報は本来函館支部または第三区選対本部において編集発行すべき筋合のものであつたが、同被告人はこれを舘、曽田両選対に一任することとし、編集の方針、用紙の規格等の大綱を両選対に提示したこと、舘選対においては大西敏が被告人吉崎から右提示を受け、国鉄労働組合青函地方本部の情宣部長で組合機関紙等の編集発行の経験を有する被告人荒木をして本件社会新報の編集発行等を担当させることにしたこと、被告人荒木は自ら原稿を執筆し被告人吉崎の事前閲読を経た上、協和印刷所に注文して印刷せしめ、これを青函地方本部組合員らをして原判示のとおり笹本英雄ほか九名に、多数人に配布させる目的で交付したこと、および被告人吉崎は、本件社会新報の頒布方法につき、右大西らと具体的に協議したことはないが、いわゆる安保斗争、警職法反対斗争等の際の事例に徴し、原判示の如き頒布方法がとられるであろうことを予想していたことが認められるところ、共謀共同正犯の成立には、数人間に直接の意思連絡があることを要せず、数人間のある者を通じて順次相互に意思の連絡があることをもつて足り、また、実行行為に携わらなかつた通謀者において実行者の具体的行為の内容を逐一認識することを要しないものというべきであるから、被告人吉崎は、被告人荒木の本件頒布行為につき共謀共同正犯としての責任を免れないというべきである。なお、被告人吉崎は、後にも述べるとおり原判示第九の事実についても、曽田派の被告人伊山、同中村らと共謀をしたものと認むべきであるところ、被告人吉崎は第三区選対本部の事務局長として、舘、曽田両派に対し中立的立場にあつたことは、弁護人所論のとおりであるが、そもそも第三区選対本部は舘、曽田両候補の当選を期して設けられたものであるから、同被告人がそのいずれをも支援することはもとよりその職責に反せず、ただその支援が右両派のいずれにも偏しないことを要請されるにすぎないのである。従つて同被告人が曽田派の者と共謀した旨認定しながら、同時に舘派の者とも共謀した旨認定することは、なんら不合理ではない。原判決には所論の如き事実誤認はない。

しかしながら、原判決挙示の被告人荒木の検察官に対する各供述調書は同被告人のみに対する証拠であるから、これらを被告人吉崎に対する事実認定の資料となし得ないこと勿論であるところ、右各供述調書を除くその余の原判決挙示の証拠中には、被告人吉崎が大西敏を介し、また後には直接被告人荒木と会つて同被告人と共謀し、これに基づき被告人荒木が原判示の実行行為をしたことを認め得べきなんら適確な証拠がない。してみれば原判決には理由不備の違法があるというべく、被告人吉崎に対する原判決は、この点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

次に所論は、原判示第九の事実につき被告人吉崎のため前同様の事実誤認、理由不備を主張する。

よつて案ずるに、被告人吉崎の原審第六、第七回公判廷における供述、被告人伊山、同幸崎、同大日向の原審第六回公判廷における供述、被告人中村の原審第七回公判廷における供述、原判決挙示の被告人吉崎の検察官に対する各供述調書を総合すれば、被告人吉崎は、道連を介し社会党本部の選対本部、機関紙部から受けた通達によれば、本件社会新報は本来函館支部または第三区選対本部において編集発行すべき筋合のものであつたが、これを舘、曽田両選対に一任することとし、編集の方針、用紙の規格等の大綱を両選対に提示したこと、曽田選対においては渡部豊司が被告人吉崎から右提示を受け、同人および被告人伊山らが協議の上、被告人伊山から文筆業者である被告人中村に情を打ち明けて原稿の執筆を依頼し、その原稿が出来上るや、被告人吉崎の了承の下にその事前閲読を経ぬまま情を知る被告人幸崎を介して協和印刷所に注文して印刷せしめ、これを被告人幸崎が被告人下山、同大日向らと共に原判示のとおり頒布したこと、および被告人吉崎は、本件社会新報の頒布方法につき、右渡部らと具体的に協議したことはないが、いわゆる安保斗争、警職法反対斗争等の際の事例に徴し、原判示の如き頒布方法がとられるであろうことを予想していたことが認められるから、原判示第一の事実に関する弁護人の主張に対して判示したところと同一の理由により、被告人吉崎は、被告人幸崎らの本件頒布行為につき共謀共同正犯としての責任を免れないというべきである。されば原判決には所論の如き事実誤認はない。

しかしながら、先に原判示第一の事実に関し判断を示したのと同様に、原判決挙示の被告人伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村の各検察官および司法警察員に対する供述調書は当該各被告人のみに対する証拠であるところ、これらの証拠を除くその余の原判決挙示の証拠をもつてしては、被告人吉崎につき原判示第九の事実を認めることができないから、原判決には理由不備の違法があるというべく、被告人吉崎に対する原判決は、この点においても破棄を免れない。論旨は理由がある。

次に職権をもつて調査するのに、被告人吉崎に対する原審昭和三三年(わ)第二八二号事件の起訴状の記載と原判決判示第九の事実を対照すれば、同被告人は原判示第九の関係ではその(1)、(2)の事実につき公訴を提起されたものであることが明らかであり、従つて原裁判所もその趣旨で審理判決したものと解される。しかし原判決の事実摘示は、「被告人吉崎は、(中略)被告人伊山と発行日付、号数などを打合わせ、同被告人と共謀の上前記社会新報臨時増刊号と題する印刷物を編集、発行し、これを多数人に頒布して前記曽田候補の選挙運動に使用しようと企て、被告人伊山は、(中略)被告人中村、同幸崎と共謀の上(中略)該印刷物を編集発行し、被告人幸崎は、(中略)被告人下山、同大日向と(中略)その頒布方を共謀の上、(1)(中略)同年五月一五日頃(中略)印刷物約二、五〇〇枚を配布し、(2)さらに被告人幸崎は、被告人伊山らとの共謀にもとずき、(中略)同月一七、八日頃(中略)右印刷物約一一〇枚を(中略)交付し、(3)つぎに被告人幸崎、同下山は被告人伊山らとの共謀にもとずき、(中略)同年五月二一日頃(中略)印刷物約二、五〇〇枚を配付し、(4)さらに被告人幸崎は、被告人伊山らとの共謀にもとずき、(中略)その頃(中略)右印刷物約一〇〇枚を(中略)交付した。」というのであるから、右の如き事実摘示をもつてしては、証拠の部、法令適用の部の記載を総合して考察しても、被告人吉崎に関する罪となるべき事実が右の(1)と(2)であることを看取することは到底不可能である。原判決は多数被告人が順次共謀を遂げた経過、各被告人の役割等を具体的に判示しようとするあまり右の如き事実摘示をしたものと思われるが、共同正犯にかかる多数の犯罪事実を摘示するに当つては、各犯罪事実毎にそれがいずれの被告人に関する犯罪事実であるかを明確に認識し得るように記載することを要することは勿論であるから、前記の如き事実摘示をした原判決には理由不備の違法があるといわねばならない。被告人吉崎に対する原判決は、この点においても破棄を免れない。

(被告人伊山勝春、同幸崎幸一郎、同下山実、同大日向道彦、同中村純三関係)

職権をもつて被告人伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村に関する原判示第九の事実につき検討するのに、先に被告人吉崎に関する原判示第一および第九の事実につき判断を示したのと同様に、原判決挙示の被告人吉崎、同伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村の各検察官および司法警察員に対する供述調書は当該被告人のみに対する証拠であるところ、右被告人伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村のそれぞれにつき、他の被告人の検察官および司法警察員に対する供述調書を除くその余の原判決挙示の証拠をもつてしては、原判示の事実を認めることができないから、原判決には理由不備の違法があり、また、先に被告人吉崎に関する原判示第九の事実につき職権で判断を示したのと同様に、被告人伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村に対する原審昭和三三年(わ)第二八二号事件の起訴状の記載と原判決判示第九の事実とを対照すれば、被告人伊山、同幸崎、同中村は原判示第九の(1)ないし(4)の事実につき、被告人下山はその(1)、(3)の事実につき、被告人大日向はその(1)の事実につき公訴を提起されたものであることが明らかであり、従つて原裁判所もその趣旨で審理判決したものと解されるが、先に指摘したような原判決の事実摘示をもつてしては、証拠の部、法令適用の部の記載を総合して考察しても、各被告人と犯罪事実との右の如き関係を看取することができないから、この点においても原判決には理由不備の違法がある。されば被告人伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村に対する原判決は、右二点において破棄を免れない。

(被告人桶田貞之助関係)

前記控訴趣意第四点(事実誤認)について。

所論は、原判決は被告人桶田に対し判示第一〇の事実を認定しているが、右は佐藤喜二郎単独の所為であつて被告人桶田はなんらこれに関係していないから、原判決の右認定は事実を誤認しているというのである。

よつて証拠を検討するのに、原判決挙示の証拠によれば被告人桶田は本件選挙当時函館市若松町一〇四番地所在の曽田選挙事務所において事務担当の佐藤喜二郎の補助をしていたこと、および金谷一郎が昭和三三年五月一五日同事務所において原判示の社会新報約五〇〇枚を受領したことが明らかであるが、同被告人が佐藤喜二郎と共謀の上金谷一郎に右社会新報を交付したことを認めるに足りる証拠がない。すなわち、原審証人佐藤喜二郎は、「社会新報の頒布については事務的裁量として自分が一任された。五月一五日頃出来上つてきた社会新報を郡部の各町村の責任者に届けるべく区分けした。金谷が事務所に寄つた際、同人は『福島にも送るんだろう』といつて自分で持つて行つた。社会新報その他の刊行物の配布につき具体的に桶田に指示したことはない。」旨供述し、原審証人金谷一郎は「『これを持つていく』といつて大きい包から二寸位の厚さの社会新報を取り分け持つて帰つた。事務所には佐藤、桶田、女事務員がおり、自分としては桶田にいうつもりで『これを持つていく』といつたのであるが、桶田は別に指示しなかつた。」旨供述し、同人の検察官に対する供述調書の記載によれば、「『社会新報を持つて行つてくれ』といつたのは桶田である。」と一たんは供述しながら、引き続いて「佐藤から直接話があつたようにも思うが、はつきりしない。」と供述しており、また被告人桶田の検察官に対する昭和三三年六月五日付供述調書(1)の記載によると、「渡部豊司から『区分けしちやえ』といわれ、適当に目分量で三つか四つに分け労務者に梱包させ、そして佐藤に『どうするんだ』と聞いたら、『そうしておけ』というので、そのままにしておいたところ、あとで佐藤が『帰る人やオルグに渡してやれ』といつていた。しかし自分としてはそれを手伝つた記憶がない。その点についてはよく思い出せない。」というのである。右の如く、被告人桶田が本件社会新報を金谷一郎に交付したことを認め得べき証拠としては、直接には金谷一郎の供述のみであるが、右供述も右のとおりあいまいであつて、これをもつて直ちに右事実を認定することには甚だちゆうちよせざるを得ず、結局本件公訴事実は証明不充分というのほかはない。されば原判示のとおり認定した原判決には事実誤認があり、その誤認は判決に影響をおよぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

(全被告人関係)

右控訴趣意第五点(量刑不当)について。

既に説示したとおり、原判決中被告人吉崎、同伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村、同桶田に関する部分は破棄を免れないので、右被告人らに対する判断を省略し、その余の被告人荒木、同笹本、同関根、同佐藤誠二、同藤浪、同橘、同浅野、同山田、同秋田、同佐野、同遠山に関して検討するのに、原裁判所で取り調べた証拠および本件記録によつて認められる本件犯行の動機、態様、違反文書の枚数その他諸般の事情を総合すれば、所論を考慮に入れても右被告人らに対する原判決の量刑(選挙権、被選挙権の停止、不停止を含む)は、不当に重いとは認められない。論旨は理由がない。

以上のとおり被告人荒木、同笹本、同関根、同佐藤誠二、同藤浪、同橘、同浅野、同山田、同秋田、同佐野、同遠山の本件各控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則り右各控訴を棄却し、同法第一八一条第一項本文、第一八二条に従い当審における訴訟費用を主文掲記のとおり右被告人らに負担させることとし、被告人吉崎、同伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村、同桶田の本件各控訴は理由があるので、原判決中同被告人らに関する部分は同法第三九七条、第三七八条、第三八二条により破棄した上、同法第四〇〇条ただし書を適用し同被告人らに対し、さらに当裁判所において次のとおり判決する。

(被告人吉崎、同伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村の経歴および本件社会新報編集、発行の経緯)

当裁判所が認定した被告人吉崎、同幸崎、同下山、同大日向、同中村の経歴および本件社会新報編集、発行の経緯は、原判決記載のとおりである。

(罪となるべき事実)

第一、被告人吉崎は、荒木五郎と共謀の上、候補者舘俊三に当選を得しめる目的をもつて衆議院議員総選挙の選挙期間中である昭和三三年五月六日頃から同月二〇日頃までの間に、別表記載のとおり、国鉄木古内保線区事務室ほか九ヶ所において、木古内地区労議長笹本英雄ほか九名に対し、同年五月六日付(第二七四号)および同月一六日付(第二七六号)の、日本社会党中央機関紙社会新報臨時増刊号総選挙特集号と題し、舘候補の氏名、写真、推薦者の氏名、団体名ならびに「絶叫する舘候補にゴールデンウイークの客足止め、バンライの拍手」、「舘俊三大衆に生きる、各地で声援高まる」、「あと一息!舘候補善戦、道南の支援続々集まる!」、「舘候補の応援に党は全力を集中」、「舘候補勝利にむかつてバク進!」などの見出しの下に、同候補が被選挙人として適任であり、その選挙情勢が有利に進展しつつある旨の記事、その他日本社会党の主義政策、選挙スローガンなどの記事を掲載したB五版大の印刷物合計約三、〇六二枚を多数人に配布させる目的で交付し、もつて通常葉書以外の選挙運動のために使用する文書を頒布し、

第二、候補者曽田玄陽に当選を得しめる目的をもつて、

(一)  被告人吉崎、同伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村は渡部豊司と共謀の上、衆議院議員総選挙の選挙運動期間中である同年五月一五日頃函館市弁天町八八番地函館ドツク株式会社函館造船所の正門および裏門附近において、出勤途上の工員伊藤藤太郎以下二、五〇〇名位の者に対し、同月一六日付(第二七六号)の日本社会党中央機関紙社会新報臨時増刊号総選挙特集号と題し、曽田候補の氏名、写真ならびに「総選挙戦たけなわ、道南民を守る者はだれ、曽田候補善戦す」、「知性、行動力の曽田候補、中小企業に血を」、「保守の牙城崩る、最高点に迫る曽田」、「曽田候補人気の勝利か」などの見出しの下に、同候補が被選挙人として適任であり、その選挙情勢が有利に進展しつつある旨の記事を掲載したB五版大の印刷物約二、五〇〇枚を配付し、もつて通常葉書以外の選挙運動のために使用する文書を頒布し、

(二)  被告人吉崎、同伊山、同幸崎、同中村は渡部豊司と共謀の上、右選挙の選挙運動期間中である同月一七、八日頃右造船所内全造船函館ドツク分会事務所において、同分会代議員三田信治、有馬定雄、石山又一、松浦安雄らに対し、右印刷物約一一〇枚を多数人に配付させる目的で交付し、もつて通常葉書以外の選挙運動のために使用する文書を頒布し、

(三)  被告人伊山、同幸崎、同下山、同中村は共謀の上、右選挙の選挙運動期間中である同月二一日頃右造船所の正門および裏門附近において、出勤途上の工員伊藤藤太郎以下二、五〇〇名位の者に対し、同月一六日付(第二七六号)の日本社会党中央機関紙社会新報臨時増刊号総選挙特集号と題し、曽田候補の氏名、写真ならびに「栄冠は社会党の手に、当選圏内に突入!!獅子奮迅の曽田候補」、「大物続々来援、保守の牙城崩る、猛攻する曽田候補」、「道南を守る曽田候補」などの見出しの下に、同候補が被選挙人として適任であり、その選挙情勢が有利に進展しつつある旨の記事を掲載したB五版大の印刷物約二、五〇〇枚を配付し、もつて通常葉書以外の選挙運動に使用する文書を頒布し、

(四)  被告人伊山、同幸崎、同中村は共謀の上、その頃前記全造船函館ドツク分会事務所において、前記三田信治らに対し、右印刷物約一〇〇枚を多数人に配付させる目的で交付し、もつて通常葉書以外の選挙運動のために使用する文書を頒布し、

第三、被告人中村は、前記曽田玄陽が前記総選挙に際し北海道第三区から立候補する決意を有することを知り、青木俊夫ほか一名と共謀の上、同人に当選を得しめる目的をもつて、立候補届出前の同年四月二二日頃函館市五稜郭町四三番地観音寺において、選挙人塚田敬三、斎藤清一、高橋義衛、宮島正二、武山道山、矢原律郎の六名に対し、右曽田のため投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬として一人当り約四二二円相当の酒食を饗応して事前運動をし

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人吉崎の判示第一の所為は包括して公職選挙法第一四二条、第二四三条第三号、刑法第六〇条に、判示第二の(一)、(二)の所為は、これらすべてを包括して右各法条に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により所定の罰金額を合算し、被告人伊山、同幸崎の各判示第二の(一)ないし(四)の所為は、これらすべてを包括してそれぞれ前各法条に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、被告人下山の判示第二の(一)、(三)の所為は、これらすべてを包括して前各法条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、被告人大日向の判示第二の(一)の所為は包括して前各法条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、被告人中村の判示第二の(一)ないし(四)の所為は、これらすべてを包括して前各法条に該当し、判示第三の所為中酒食饗応の点は公職選挙法第二二一条第一項第一号、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六〇条に、事前運動の点は公職選挙法第一二九条、第二三九条第一号、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六〇条に該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重い酒食饗応の罪の刑に従い、所定刑中罰金刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により所定の罰金額を合算した各罰金額の範囲内において、被告人吉崎、同伊山、同幸崎、同下山、同大日向、同中村をそれぞれ主文の刑に処し、刑法第一八条を適用し、右被告人らが右罰金を完納することができないときは金二五〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、改正前の公職選挙法第二五二条第三項を適用し、右被告人らに対し同条第一項所定の選挙権および被選挙権を有しない期間をそれぞれ二年に短縮し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条に従い原審および当審における訴訟費用は主文掲記のとおり右被告人らに負担させることとする。

(無罪理由)

被告人吉崎、同伊山、同幸崎、同中村に対する原審昭和三三年(わ)第二八二号被告事件の起訴状記載の第二、第四の公訴事実中、判示第二の(二)、(四)において認定した以外の部分については、これを認めるに足りる十分な証拠がなく、結局犯罪の証明がないこととなるが、右は一罪の一部として起訴されたものであるから、特に主文において無罪の言渡をしない。

被告人桶田に対する本件公訴事実については、前記のとおりこれを認めるに足りる証拠がなく、犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法第三三六条に則り同被告人に対し無罪の言渡をすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 矢部孝 神田鉱三 三好達)

別表(略)

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